先の投稿で、私の中学の体育の先生が、大学時代にママチャリで北海道の最北端の1つ宗谷岬へ行った話をしました。

熱血先生の青春〜ママチャリで西日本から宗谷岬までを激走1

その途中、

思わぬトラブルにあいながら、

ついに、

青函連絡船(当時は船でした)に乗って、函館へ。

津軽海峡冬景色(石川さゆり)♪

とうとう、北海道だ!

函館だ!
五稜郭に行く暇もなく
宗谷岬へ

さて、

北海道入りした時は、

約束まであと10日。

もしかしたら10日きっていたのかも。

長野の山でトラブったので

少々慎重にペース配分して

青森まできたので、

予定より遅れてしまっていたらしい。

ということで、

なるべく距離の短いルートで宗谷岬まで行こうとしたそうです。

青函連絡船で函館入りすると、

今のGoogle mapだと、

このような経路がでてきます。

で、

ひたすら宗谷岬めざし、

ママチャリで激走。

途中たしか札幌を通ったと

先生は話していたので、

このマップのルートで行ったのかと思います。

で、

最後の3日を残したところで、

留萌のあたり

(北海道の日本海側)

を走っていた時、

いよいよ時間がなくなってきたので

とうとう夜間走行も決行したそう。

留萌のあたりの地図を見ると

山がある道を走るより海岸線じゃない?

と思いますが、

その時どうも山越えをしなくてはいけなかったようです。

その晩、一晩中、

山道(車の通るところ)を

ひたすら自転車を漕いで、

早朝ふもとへ。

なんとか約束の1ヶ月以内に

稚内の宗谷岬へいけそうだと安堵しながら、

早朝からやっている食堂へ。

トラックドライバーの人やらで賑わっている中、

こぎたない青年が、朝ごはんをかっこんでいるのは目立つ。

トラックドライバーのおっちゃんたちが

おじさん:どこからきたの?

先生:本州の〇〇です(西日本)

おじさんたち:(おどろいて)旅行か?

先生:はあ、旅行みたいなもんです。

(事情を説明しながら)もう、ぎりぎりなんで昨日は一晩中山を走ってきました。

おじさんたち:本当か!お前、そこはクマがでるとこだ。あわなかったのか?

先生:(クマの怖さ知らず)いや、なんにも。

おじさんたち:お前運がよかったな!最近あそこはでるんだ。ほんと良かった。

それから、

朝食食べながら、

クマの怖さをしっかり教えてもらい、

先生びびる。

そして、

ドライバーの人たちに大丈夫そうな道を教えてもらい

食堂でクマよけの鈴ももらい

食堂の人たちに皆で外で見送ってもらい

宗谷岬へまた漕ぎ出したそう!

泣ける。。

ヒグマいや〜〜!!

というか、

若かったとはいえ、

先生もっと調べましょう!

北海道のクマの話、有名ですよ。。

※ 本にもなってるし、知らなさすぎ。と思ったら、あの有名で怖い熊嵐の吉村昭の本は、その時まだギリギリ出版されていなかったようです。

熊嵐(クマの漢字が出てこない)〜ウィキペディア

でもねえ、有名だと思う。

1970年には、福岡大の痛ましいヒグマの事件もあったから知らないはずはなかったと思うけど

たぶん

本州(とくに町)に住んでいると、

クマの怖さって実感できないんですね。

ヒグマとツキノワグマの違いもわからない事もあります。

そして、

やっと最終日ぎりぎり、

八月も終わりに、

宗谷岬に到着!

当時は

携帯もましてやメールもLINEもないわけで、

近くの土産屋の公衆電話から、

友人へ、

今、着いたぞ〜〜!

と報告。

それだけ言って

電話切ったそうです。

電話代高いですからね。。

10円玉がじゃんじゃん落ちますもんね

遠距離電話は。

宗谷岬!!

一応、

お土産屋で、

絵葉書買って友人へ送り

(ちゃんと宗谷岬のあたりの消印つきで)

それを証拠にして帰ってきたそうです。

良かったのお!

かえりは、

どうやって帰ったのかおぼえていません。

たしか、

船(フェリー)だったような。

帰りも少し急いでいたそうで、

大学の秋学期に間に合わないといけないので

結構あせって帰ってきたそうです。

フェリー

いや〜、

これをずっと、

授業中聞いていた中学の私たち。

盛り上がりまくりました。

人の冒険談だって、

ワクワクするもんですねえ!

先生どうしているかしら?

※ 4年前にお会いした時は、お元気だった。

しかし、若い時にフサフサして(少々長めの格好つけてた)髪が、きれいさっぱりなくなり、お坊さんのようなツルツルの頭になっていたのには、驚きましたよ!

今日も読んでいただきありがとうございます(^^)