ちょくちょく引越ししているイノ子家族です。

様々なシーズンに引越ししてきましたが、

2〜3月あたりの引越しは多かった。

この時期に引越しする人も多いですよね。

あと、7月 10月が多いと聞いたことがあります。

みなさんはどうでしょうか?

さようなら また会おう

さて、引越しにはさまざまな思い出があるけれど

(ほら、慣れ親しんだ土地の人との別れとか)

私の引越しの思い出は、いつも

間にあわない(;´д`)!

っていう思い出が、最も強いです。

この手の夢もよく見ます。

これはひとえに、私の段取りのわるさがまねいてるんですよね。。

20年前の、ちょうど今頃の引越しが、まさにそれそのもの(泣)。

3月の淡い暖かくなると、ピンチだったあの引越しを思い出します。

みなさま、3月の引越しの人の準備はもうすんでしまってると思うので

なんの参考にもならないけど、よろしければお読みください。

どんぶらこ どんぶらこ

ちょうど20年前の今頃、うちの家族は、

夫の仕事でアメリカに引越すことになりました。

実はこの時、本格的な引越しは、初めて。

でも、海外引っ越しといえど、

引越すことがあらかじめ4ヶ月近く前からわかってたから、

あらかじめしっかり準備出来、

慌てふためくような状況ではなかった。

子供たちも幼いとはいえ、もう話がわかる年頃(6歳)なので

引っ越しの準備してるんだよ、といえば、かってに遊んでいてくれる。

時々、引越しのお手伝いするー、というのには困りましたが。

海外引越しのだんどりはこんな感じデス

海外引越

引越し荷物を船便で出す際の書類作成が、

手はずがわからず戸惑くのと、

何かと就学前の子供がいるとさっさとできません。

しかし、ここば気合いで乗り切ります(^^)!

先行の船便の荷物は、早めめに梱包、出荷。

家のいらないものもどんどん処分し、減らします。

そうそう、その頃家族帯同のビザも申請しました。

これは、業者に委託したと思います。

当時買って一年たたないアップルの、

おにぎり型パソコンも泣く泣く売っ払いました(T-T)。

ペースとしてはわりと上手くいっていたほうだったでしょう。

海外引越しを全面的に請け負ってた、「日通」の

海外引っ越しの段取りパンフレットを参考に、

家族ビザの申請とか、子供(就学直前)の予防接種の追加とか、

健康診断?の英文版を用意とか、そんなのもなんとかクリア。^_^

やる事はこれとこれだ!

(そうそう、予防接種については、

びっくりすることがあったのでいつか書きたいと思います。

予防接種って、国によって本当に違うのね@@)。

そんなわけで、うちの引っ越しはまあまあいいペースで進んでいました。

そうしているうちに、3月に。

日本出発予定日は、3月の24日前後だったと思います。

船便の後は、普段の生活に必要なものを、家族4人分残していたので

これを送るものと捨てるものに分けて、

最終の荷物をまとめるしごとが残っていました。

今にして思えば、この最終の片付け分が、思ったより多かったんですね!

子供のものとかまとめきっておらず

(毎日の生活に必要だったので、あえて残してました)

自分が出来ていたと把握する以上に、物が残っていた。

ここが、マズかったんです(泣)。

その点をわかってなかったわたしは、

この時

「イェーイ、もう引っ越し準備はあらかた終わったわ!」

と、

お別れ会という、皆さんが開いてくださる会に

あちこち行っては、思い切りエンジョイ!

今思うと、引越しのパッキングがいいペースで終わっていたので、

3月に入り気が緩んだ当時の私。

こういう時こそ、最後まで気を引き締めないといけなかったのに〜。

今ならよくわかるわ。

ほんと、ばかだなーって思うけど、

しばらく会えないからって思って

みんなに会ったりしてて(^^)。

(結局3年半で帰ったのに(´ー`)

イヤー、その時は楽しかった。

久しぶりに会う友達にも会えたり。

そうしてある日、はっと気が気がついた!!。

え?!まずい!!

3月20日くらいだったと思います。

え?今、もしかして、すごくあぶない状況なんじゃないか??

そうよ!

とんでもなく、やばいでしょう!

やばすぎるんです。

出発まで、あと、4日くらいしかない!

どれだけ、遊んでいたんだっていうお調子者です。

(よんでくださるさよなら会に片っ端から行っていたのよ。カラオケとか。)

まっさおになって、

今から間に合う段取りを、速攻で頭の中で考え、

そこから、怒涛のように

荷物の仕分け、

パッキング、

発送!

鬼のような勢いでしました。

夢中の3日間だったわ。

お母さん、つかれまひた

でもでも、、

どうしても後少しが、出発の前日の夜になっても終わらなかった(泣)。

ああ、

あのときの、

夜10時ごろ、まだ残る荷物を呆然と見ていた自分を、今でも思い出します。

仕事ばかりの夫も、家の中のやばさに気がつきます。

あと、12時間くらいしたら、

この家の中は空っぽにした状態で、

私たちはアメリカに行くため成田へ行かなくちゃいけない。

もう無言で、

夫と2人、必死で出発の前日深夜、荷物をパッキング。

そして、それらの段ボールを

深夜開いている、郵便局の窓口へ!

これは航空便で送ります。

何回郵便局の窓口に行ったやら。

窓口のおじさんが、大変だねえって、

言ってくれてたのはおぼえてます。

たぶんその夜の深夜3時くらいに全てが終了。

はー、良かった〜。。

アメリカへ向けて飛ぶ飛行機に乗るため

自宅から成田空港へ出発する時間は、朝の9時すぎでした。。

当日朝、皆に見送られて成田へ向かううちの家族。

子供たちはげんき。

おやは、へろへろ。

この時の写真があるんだけど、

私たち親の目がうつろなんだけど、どうにか必死でつくり笑いしているの

へんすぎで、わらえます(^^)。

さて、夫と2人

飛行機中で寝たのはいうまでもありませぬ。

2度とこんなことしない、と飛行機中で思いました。

が、また帰国時に近いことをするんです、どんだけ学習能力がないんだ、私!

きょうも読んでいただきありがとうございます。