『Tears for Fears』サッカー応援ソング!「シャウト」

80年代の洋楽は、アメリカだけでなく、イギリスも勢いがすごかったです。雑誌では「第2次ブリティッシュ インヴェイジョン」なんて書いてあるくらい。私が好きだったのはたくさんありますが、たくさんある中で「ティアーズフォーフィアーズ 」というバンドも好きでした。

日本に翼くんは
いつ現れるのかな

以前サッカーのW杯(いつかなとしらべたら、2010年。

かなり前だと思ってた・・)で、イングランドのサポーターが、ティアーズフォーフィアーズ の歌を歌っていて嬉しかった覚えがあります

私、もちろん日本のサポーター(^^)/。

このイングランド応援ソング覚えていらっしゃる人もいるのでは?

 今、カープールカラオケで有名な ジェームス=コーデンも参加していてびっくりです。

この曲すきです。たしかに、皆で歌うのに向いているリズムかも?!
イケメンじゃなくたっていい曲のバンドはいいです(^^)。

サポーターの歌っている動画がオフィシャルでないようなので、URLだけ貼ってみます。

https://www.youtube.com/watch?v=sHq3vy_7cJQ

こういうサポーターソングもいいですね(^^)。みんなが一丸となって、応援している感じが伝わってきます。聴いていて盛り上がります!

3本の あまり知られていないけど、 ほっこり超オススメ動画 

大好きな動画シリーズに、イギリスのデパートのものがあります。『ジョン ルイス』というデパートらしい(行ったことは勿論ないのでわからないけど)、そのクリスマスのコマーシャルが毎年好きで、見ています。

最初に見たのは、この動画。なんだかペンギンかわいいなーというイメージでみたけれど、とてもほっこり。疲れた大人の心にしみます。だいたい動画サイトで、動物ものを探している時点で、疲れてるんだけれど。でも超おすすめ!

かわいいでしょ?それに音楽が好き。ジョンレノンの曲らしい

ハーイ、次行きます。

私が個人的にどういうわけか泣けてしまったのはこれ。

をとったから、いや、大人になったから?こういうのに私は弱いです。

人の一生は長いけれど短いのね、って教えてくれたから?

もうね、女の子の人生が流れるように、 「大人になって年老いていいおばあちゃんになった人生」  をみて、何を私が思うかといえば、

『若い時に、つまらないことに悩んだりせず、思う存分人生を楽しみ、冒険し、前向きに生きてたらよかった』

こんなに
きれいなら
悩まないけど

という事。つまり、若い時のコンプレックスなどで悩んだ人生が意味なかったとは言わないけれど、

でも、長い時間悩んだり、いじいじした時間は無駄だったと思う。だから、若い人が必要以上に苦しむのは、意味ないと思う。だって、人生は永遠じゃないから。

ハーイ、最後行きまーす!

これはクィーンがらみかな。可愛いの、出てる子たちが。普通の子たちなんだけど、可愛いんです。

皆さんはご贔屓動画シリーズはありますか?

子連れには移動が辛いのよ 旅行 風邪編

子供が小さかった時(就学前)の旅行はなかなか大変でした。理由はいくつか。 うちの1番の問題は、体調でした。

双子というか、幼児たちはとにかく保育園や幼稚園、児童館で風邪をもらってきます。兄弟姉妹がいれば、それを互いにうつしあい。うちの場合はいつもどちらかが、一年を通し引き、特に冬はいつも風邪を引いていました。もれなくうちの双子はお互いに自分の風邪を移してたんです。もう律儀すぎです。思い出すと、小児科に通いまくった事が今でも(20年近くたってるんですけどね)思い出されます。

3〜4年間、小児科通いばかりしていたあの頃。風邪をひかさない事ばかり考えてたかも。

風邪で困るのは、旅行の時。旅行の日程に、風邪をひいている子がいると土壇場で止めなければならない事もあるし、車移動ばかりだからと出てみたら、行った先で熱が上がり、そのまま帰って来た事もありました(;0;)。

とにかく風邪を引かせない、と対策を練り、まず日頃から寝冷えはしない。乾燥する時期には加湿器を稼働。布団は部屋中に敷く。

これを旅行先でも、持って行きます。ちょっと余分の敷布団(ウチの子達は寝相が悪かった!)。つなぎのパジャマ(お腹がでないので冷えないから愛用していました)。

そして、加湿器。これは絶対欠かせません。1つ加湿器を持って行っても旅行先で風邪をひいてしまった時は、その次から2つ持って行きました(苦笑)。風邪で仮に吐いてしまった時の為に、替えの下着・服・タオル・消毒するキット・ビニール袋などなど、荷物は多かったです。

子連れは、本当に荷物が多い。今旅行先で、小さいお子さんを連れているお母さんやお父さんを見ると、やっぱり今でもママバッグにはたくさん入っていそう。そして、背中にリュックも背負っていて、お子さんの手をひいて〜ああ、大変だなあ、と思います。疲れたり、寝てしまったりしたお子さんを、おんぶしているお父さんやお母さんもいる。今他人の私ができるのは、店のドアが自動でないときに押さえる事くらい。

小さい子がいる旅行、どうか楽しんで。たくさん写真撮って、かわいい時代をたくさん残してあげてください。だって、愛しい我が子たちや、いっしょにいる親たちは皆んなキラキラしているから。

80年代洋楽 Heart  「アローン」「バラクーダ」

80年代洋楽は、私の中では「メロディアス」なロック ポップスです。耳に残るメロディが、ロックの中にもあるのが特徴。その中でも 姉妹二人を中心にしたバンド、『ハート』は、優れたメロディアスなロックバンドです。

『ハート』はウィルソン姉妹をフロントに1970年代から活躍しているバンド。

もとは、1966年、全く別のバンド『アーミー』から始まっています。ここにまずお姉さんのアン=ウィルソンが時折ボーカルとして参加し、1973年から『ハート』として正式に活動を始めます。

ハート!
若い頃の2人みたい
でしょ!?

そして、妹のナンシー=ウィルソンも加入。今の『ハート』の原型に近いものになります。4名からなるバンド内では、それぞれ2組のカップルがあったわけですが、破局とともに、バンドは形をなさなくなります。⬅︎ありがちです

そして、主にアンとナンシーが中心になった『ハート』になります。

その後バンドは停滞期にはいり、しばらくヒットは出なくなります。

その後、1980年代半ば、プロデューサーに売れっ子のロン=ネヴィソンを迎え、アルバム「ハート」を発表。これが、大ヒットになります。

ここで取り上げる「アローン」はこの大ヒットアルバムには入っていませんが、このアルバムの2年後にアンがカバーした曲です。

まずは、大ヒット曲「アローン」をお聴きください。オフィシャルサイトからの動画です。

アン、迫力満点
ふっとばされそう

「アローン」のB面に入っていた「バラクーダ」この曲は1970年代後半のものです。名曲ですね。

アン、若いわ。
いつきいても色褪せない曲です。
ハリがある
アンの声がいい

相変わらず、アンの隣にいるナンシーは美しい。若い時は、2人があまりに対照的で、びっくりしたけれど、絵になる2人でした。アンは黒髪でパワフルもちろん美しく、ナンシーは、ブロンドでギター弾きながら美しい声で歌っています。ナンシーのボーカル「These dreams」も名曲です。

気になったかた、ぜひ、ナンシーが歌っている「These Dreams」もお聴きください。

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アン=ウィルソンといえば、昔雑誌でインタビューを読んだ時に、彼女が体重を気にして、「体の線がハッキリ出ない服をきてるの」と言っているのを読んだ事があります。確かに、アンはちょっとふくよか。

アン、体重なんてそんなに気にしないで〜。

若い私は、「そうか、スターだって人間だからスタイルを気にするんだなあ」と感慨深く思いました。たしかに体調に支障があるようならいけませんが、すこしくらいふくよかでも、アンの素敵さは変わらないんです、ファンには。(時々、ふくよかを越している時もあるけど。アン体調には気をつけて)。

かっこいい!

むしろ、オペラ歌手なんて、ある程度体重があったほうが、声に深みやハリがあっていいと言われていました。彼女もそうだったのかな。

でも、アンも女性だから、気になるんですね。それ以来彼女が近しく思え、一層ファンになりました。

そういえば、レッド ツェッペリンのケネディセンター名誉賞受賞のコンサートで、アン=ウィルソンは「天国への階段」を歌ってましたね(^0^)。女性に歌えるのかと言われそうな曲ですが、アンには歌えるパワーと歌唱力があるんでしょう。

予防接種しなくちゃ

私は今1種類、3回目の予防接種をしないといけない状況です。早く行かなきゃなーなんて、思ってもう半年です。そろそろ本当に行かないといけません。

以前予防接種センターで、世界旅行に向けて予防接種を打っている人と話しました。計画だてて、1種類ももらさないように可能なかぎりの予防接種をします。旅行している最中の3回目の注射をどこでするかも大切な案件。そして、たしか黄熱病だけは、特殊なところでしか打てないのだと教えてくれました。あの人はどうしたかしら。「世界旅行のために、働いてお金を貯めてきたんです」と、目をキラキラさせて話していた若者でした。

きいている私は、東南アジアむけに A・B肝炎の注射を打ちに来ていたのでした。東南アジアへ短い旅行で、肝炎の注射は大げさかなと思ったのですが、実際に旅して肝炎になった若い方の話を伺っていたので、ならばアラフィフ なら打つべきかと思ったのです。しかし、最近は、私の周りの子連れ東南アジア旅行の人は、肝炎注射を子供に打ってから行っています(びっくり!)。皆さん最近は進んでいますね。

世界一周旅行という言葉はあまりに壮大すぎて、私には縁遠かったのですが、昨年youtube で、ドローンを使い世界旅行をした日本の若い御夫婦がいましたよね。割と有名になられたのでは?あれを拝見して良いものだなと思いました。

本当に、ドローン視点からみる景色は美しく素晴らしかった。製作者のお二人のご苦労がしのばれます。それ以来、見知らぬ世界がちょっと身近に感じられるようになりました。マチュピチュはちょっと高さがあるみたいでこわいですけど(^^;)。いつかどこかへ行けるのかな。

トルコってどんなところ?

トルコの陶器は、いつみてもカラフル!

知り合いが、来年春にトルコに行きたくて、旅行の計画を請け負う会社にスケジュールをお願いしていました。彼女が、私が旅行がすきなのを知ってか、お茶ついでにツアーの予定(まだどうするかは未定だそうです)を見せてくれました。

トルコを全く知らない私も、塩野七生シリーズで少し知っています。トルコの部分の本はまだ読んでいないんですが。で、家に帰り、トルコについてネットで調べてみました。

トルコはまず、大きい。かなりの大きさにびっくり。そしてざっと一回りすると日本を縦断するのと同じときいて二度びっくり。全てを観光するのは無理だから、私はイスタンブール滞在して、もう1つエフェソスの遺跡に行きたいな。エフェソスの遺跡って、古代ローマなんですね。そういえば、トルコはギリシャに近いですね。知れば知るほど、トルコは魅力的。友だちじゃないけれど、私も行きたくなりました。彼女がトルコ旅行から帰って来たらたくさんお土産話をきかせてもらおう(^^)。お土産はなくていいので、ぜひ話が聞きたいです。ホントです(^^)。だって、私もお土産買うの得意じゃないので。。そうだ、以前、テレビでトルコの料理、とても美味しいそうだったのです。どうなのかな。聞きたいですよね。旅行先の食べ物って大事じゃありませんか?女性として(^o^)/。

『フェリスはある朝突然に』1980年代の青春映画

私は、ティーンエイジャーの時、80年代の欧米サブカルチャー(映画・音楽)どっぷりだったので、この映画もとても懐かしく思い出します。

当時日本はバブル経済の最盛期だったので、海外からも情報・文化・サブカルチャーがどんどん入ってきます。当時の10-20代の若者は、それらをシャワーのように浴びていた感じです。

今更バブル時代を懐かしむというのは、あまりしたくないですが、

怒涛のように、サブカルチャーが入ってきたときに、自分が青春だったのはよかったと思います。

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夜中にみると
寝られなくなるよね

先日、深夜にNHKで「フェリスはある朝突然に」をやっていて、驚きました。

と同時に当時みた内容の記憶とかなりずれていてビックリ(苦笑)。

私は当時何を観ていたんだろう?この映画、映画の流行でした。

当時の映画の流行は、売れ始めのティーン若手俳優たち(米国)が山ほど出演する青春映画。みんな、恋や自我になやむ、ティーン映画です。

当時の青春映画の
俳優たち
みんなイケメンだったよ

例えば、「ブレックファストクラブ」とか「ランブルフィッシュ」「すてきな片思い」が代表作。

どれも、ティーンエイジャー映画が得意なジョン=ヒューズ監督・脚本の映画が関わっています。

このストーリーは、とにかく悩まない終始明るいコメディタッチで、とても見やすい。最後には友達がなやんだりするけれど、シリアスじゃない。

主人公フェリスというちょっと要領がよくてかっこいい(マシュー=ブロデリック)高校生の男の子が、真面目な友達や彼女とともに学校をサボるところから映画ははじまります。

あまりにもフェリスが高校をサボるので、先生からは目をつけられています。

映画の舞台はシカゴ

途中で好き勝手しながら、なぜか終始調子がいいフェリスは街のパレードにまでちゃっかり参加し、山車の上でビートルズを熱唱。

ここのシーンはかなり有名じゃないかな。マシューブロデリックは、のちにミュージカルでも活躍します。この時は、映画をみるかぎり、マシューの歌は、口パクです。

ちなみに、彼、「セックス&ザ シティ」のサラ ジェシカ=パーカーとも結婚しています。この情報いらない?でも、女性(私)はこういう話が結構好きかも。

久しぶりにこの映画を見て、今見てもいい映画だったんだと改めて思いました。監督のジョン=ヒューズにもっと長生きしていただいて、製作でもよいから活躍して欲しかったと思います。

『ホール&オーツ』 永遠に青春にもどしてくれる スーパーデュオ!

高校の友達に教えられたのは たくさんありました。クイーンも、デュランデュランも、たっくさん。

その中で特に好きだったのは、「ホール&オーツ」。ジャンルだとブルー・アイド・ソウルの仲間?当時、すみからすみまでよんでいた 雑誌「ミュージックライフ」にいつも掲載されていたから知っていたのです。

kiss on my list  流行ったかな

主に、メインボーカルの、ダリル=ホールが曲を書いていて、女の子(日本だけ?)にきゃーきゃー言われていました。

実際彼、イケメンだったし。彼らがフィラデルフィアソウルをベースにしていたから、知らない間にソウルや、R&Bも好きになっていました。

彼らのアポロシアターのライブレコードなんて何回聴いたかしら。テンプテーションズの一人は問題をおこしたりしてこまったさんだったと聴いていますが、音楽がよければいいのかもしれませんね。

ダリル=ホールのソロアルバムも買いました。好きだったな。彼のメロディ作る力が発揮されていて。でもやはり 二人の方がしっくりしていた気がします。

音量大きめかもしれないので
気をつけて

ダリルのソロアルバムから

良い曲ですよね。ダリルは今も音楽活動してます。コンサート行きたいかも。

こんなに観客はいなかったかも。でも盛り上がりました!
なんたって、彼ら2人とバンドの為だものね

ちょっと売れなくなっても日本にきてコンサートをしていた時、本当にあまり観客がいなくて、コンサート大丈夫かなとキョロキョロ。

そうしたら、始まる15分くらい前に、イベンターの人がきて、「みなさん。前の方に席をつめて。  ご存知のように、ちょっと少ないけど、その分思い切り盛り上がりましょう!」と言ったので大笑い。  見知らぬ隣の席の人と、「がんばって盛り上げて二人をがっかりさせないようにしよう」と言っていたのが懐かしいです。

ラスベガスに行きたいなぁ

もうやだ、寒すぎよ〜!

寒さがつのる昨今、暖かいところに行きたくなります。うちの周りは、紅葉も終わりつつあり、葉がなくなった木々が、いよいよ冬だよ!って言っているみたい。寒いのがきらいではないけれど。

でも、温暖なところに、軽〜くひとっとびできたらいいでしょうね。「ドラえもん、どこでもドアー出して」ってお願いしたいわ。

夜にラスベガスの街へ入ると、素敵度が昼間の100倍くらい上がる気がしませんか?
一度、夜の11時近くにラスベガス入りしたことが
あったけれど、ほんとーにすごい
眠らない街ラスベガス!
懐かしいわ、サンタさん

今日ふと、ラスベガスを思い浮かべていました。

ラスベガスって、とにかくいつも暑いところですよね。冬さえ、ぼわーんとした暖かい空気で驚きます。

夏ともなれば、戸外プールは危険ほどに暑い(><)。でも、絵本でレイモンド=ブリッグズの『サンタのなつやすみ』では、夏に、プールでサンタさんはラスベガスを満喫していました。

この本大好き。
読みすぎてこの本くたびれてます

以前は、子連れだったので、ホテルのカジノのエリアにちょっとでも近づくと注意されていました。

あちらはアバウトなようで、厳しいところもあり。

でも、今なら平気!私も夫も(このさい子供達は数に入れない)ポーカーだって、ブラックジャックだってできるんです(^^)。

ただ、うちの家族は揃いも揃ってギャンブルは下手です。くじ運だってないから、スロットマシンもだめだろうなあ。

ラスベガスに行ったら何をしたいか?それは、『ショウ』。きらびやかなショウがあちこちのホテルでかかっているんじゃないかな。

シルクドソレイユは?今何かやっているのかな。やっているみたいですね、『オー』をやっているみたい。それからコンサートは?うーん、知らない人が多いなあ。

そんな時は、マジックショー。これは、あまり英語がわからなくても楽しめるから行きたいな。ミュージカルもいいな。

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むかーし、むかし、子供がアメリカ現地の小学校二年になる前、旅の終わりにラスベガスに寄ったことがあります。

小学生だと、マジックショーくらいしかわからないので、そこへ行ったのですが、とちゅうから、観客の子供達は係の人に誘導されて、ステージ上へ(夏休みだから子供が多かった)。うちは子供2人のうち、1人が連れて行かれました。

あのハンサムなマジシャンの名前はなんと行ったかしら。『モンテカルロ』というホテル専属のマジシャンだったような気がします。

彼のお手伝いを壇上の子供達がします。多分ほとんどの親御さんは誇らしい。

でも、私たち親はめちゃくちゃ、ハラハラしました。まだ、うちの子英語がそこまでできるとは思えなかったのです。ちょっとハスキーボイスのマジシャンの英語が聞き取れるのか、心配でした。

死にそうな想いの私達夫婦以外、観客のほとんどは、かわいい沢山の子供達にやんやの応援です。

盛り上がるマジックショーで、子供達もマジックに参加させてもらい、そろそろ子供達のステージは終わり。

ああ!あの子大丈夫かしら!!

というところで、なぜか2人の子供が引き止められました。そのうちの1人がうちのボンクラ娘(><)。

親の心の叫び「ひえ〜っ、なぜよりによって、あの子をのこすんだ〜。お願い、あの子を戻して違う子にして〜〜」。

1人の男の子は完璧に英語がわかっているので、首尾よくお手伝いできて、スペシャルなお土産をもらいました(もちろん前の子供たちもいろいろ貰うのですが)

そして我が子。親はもう心臓ばくばく。もう、今にも倒れそうです。でも、子供はなんとかやりおおせ、最後にハンサムなマジシャンに言われました。

「僕とけっこんしてくれない? ー英語バーションで」。

ボンクラ娘は、いちおうわかったらしく、「こんな恥ずかしいことはない」といった感じで(皆にはそう見えたよう)顔を両手で覆いました。観客のみなさん、大受け。ああ、やれやれ、よかった、失態がなく終わった〜!あとみなさんには受けてたみたいで、安心しました←なんて親。。

今も、家の棚にその写真があります。その時ショウの後、ポラロイドでいただいた物です。それを見ると、親はあの時本当にほっとしたことを思い出します。

そうそう、当の娘は、ショウの後「すごく恥ずかしかったよ!どうして皆んなは笑うの?!」と恥ずかしさで顔を真っ赤にさせ怒ってました。ごめんね、大人はやはり笑ってたわね。でもしょうがなかったのよ。

また、ラスベガスに行くことはあるのでしょうか。今、再び行ってみたいなと思います(^^)。

映画 機内で見る映画はたいへん!Mr.ビーン

機内でのエンタメは、以前よりずっと充実していて、ゲームも音楽も映画も楽しみ放題。時々壊れているシートにあたると、仕方なく、ipod を聴いたりするか、付け焼き刃の現地の会話練習をしています。付け焼き刃も侮れません。ギリギリだから、集中力があるし、現地で使うと思えばやる気もでます。特に食べ物系!

映画をよく機内で見るのですが、海外エアラインだと、日本語のキャプションが付いていないこともあります。仕方ないから見るのですが。キャプションがなくても、あまり込み入ったものでなければ、やはり面白いものは面白いし、悲しいものは悲しくなります。

例えば、Mr.ビーン。ある時、彼の「Mr.ビーン カンヌで大迷惑」というのを見たのですが、可笑しくて可笑しくて。必死に笑い声を堪えました。ちなみに 私は英語のリスニングが苦手です。だから難しい映画は理解できません。

いや、この映画本当に面白かったんですよ。ミスタービーンが、フランスにきたからには、と確かパリの北駅?でレストランに入り、フランス語がわからないから、とりあえずメニューの一つを注文するんです。それがビーンの苦手な生の貝産物の盛り合わせだったわけで。

どうしても生牡蠣がたべられなくて、食べたふりして隣のテーブルの女性のバッグに流し込んでしまうんです。確かウェイターは、亡きジャン=ロシュフォール。あと、お金を稼ぐために、市場で オペラのジャンニ=スキッキ「わたしのお父さん」で、嘆く母を大熱演したり。ここのシーンは爆笑。言葉がわからなくても(私は外国語は苦手なので)ビーンがおかし過ぎて、笑いを堪えるのが苦しかった!もちろん大盛り上がりでお金もしっかりゲット!

本当に可笑しいし、amazon でも高評価なのでこういった映画が好きな人がみたらきっと笑えるとおもいます(^^)。

80年代の音楽 クイーン 

クイーンは、どちらかというと70年代から活躍していたので、80年代のクイーンは80年代の音楽枠に入れるのは無理があるなあと思います。

ここで取り上げようと持ったのは、1984年発売の『ザ ワークス』に入っていた I want to break free。この曲とても良いと思うんですが、同時にPVがすごく面白いので好きです。クイーンを知ってまもない人にこれを見せるのはよくないと思うけれど、彼ららしさがでていると思います。

I want to break free の PV です。Queen Official から(音量に気をつけてください)

これ、かわった動画だと思う方もいるでしょうが、私はとても好きです。途中のバレエはきっとフレディのこだわりなのでしょう。楽しそうだし。

このPVの視聴者のコメントを見ると、みな、ロジャーがセクシーと言ってます(^o^)。だよね、ロジャー、この時はそれなりの年齢なのに、どうしてこんなにきれいなのかしら?ツッコミどころは私的に他にもあり、ブライアンのカーラーが似合いすぎている、とか、ジョン=ディーコンのおばあさんぶりが板についているとか。どうして、フレディは、女装しているのにバッチリ口髭なんだとか。

クイーンを知ってから、よく聞いていたのは割と前半の頃のアルバムばかりなので、この曲は後期にあたるからなぜ私がとても聞いているのかわからないのですが。クイーンファンの方は、どの曲がお好きですか。一つに絞るのは難しいけれど、今日はこれを選んで見ました。

30年後のハワイ  (7)終わり

マウイ島にいるのも最後の日、夫はちょっと元気ないモードの家族を盛り上げようと、みんなで海水浴へ行こう、と言いだした。夫はちょっと沈みがちな雰囲気をあげようと、父親として気にしてなんとかしようとしていたのでした。「そうだよね、ハワイだから海水浴行こうよ。ハワイに来て泳がないなんて変だよね?」

早速、レンタルショップに行き(本当にどこにでもありました^^)、シュノーケルと大きなゴーグルを子供用に2つづつ借りて、あとは車もレンタルして、ビーチへ向かったのでした。あいにくビーチはどこも一杯で入りづらく、しばらく走ってようやく海水浴(^^)/です。

ウァーイ、海だぁ〜と、海へ飛び込んだら、海水は『ものすごく、冷たかった>o<。』。私たちがハワイに行ったのは、3月終わり。3月末のハワイの海は、冷たく海水浴には向いていない温度でした。無知だった私たちは、ハワイは常夏だとばかり思い込み(ああ、恥ずかしい)、海では一年中海水浴ができると信じ込んでいたのでした。

今から考えると、「ないわー。どれだけ無知」と思うのだけど、当時は分かっておらず、波が穏やかだったので、それをさいわいに冷たいのを我慢し、娘たちと遊びまくったのでした。若いというか愚かというか、分かってないというか、とにかくやけっぱちで遊んだのでした。海水浴も済ませ、そろそろ帰ろうかというとき、私たちはまた失敗してしまった(すみません、このハワイ旅行では、一応最後の失敗です)。

借りていたレンタカーの後輪が、海水浴の間に、ビーチの砂にはまり込み、どうしても抜け出せなくなっていたのでした。夫がエンジンをかけ、私が後ろから押したところでビクともするはずもなく。

ぼうぜんとして道に立っていると、ふと大きめのトラックが止まってくれ、運転手のヒゲな彼は「ありゃ、はまっちまったのかい。ハハハ〜」と言って、手慣れた感じで彼のトラック後部とレンタカーの前をさくさく繋げて、簡単に引っ張り上げてくれたのでした。

ロックバンドの ドラマーに似ていたイカしたトラック兄さん

私たちはうれしさのあまり、相手の手を握り、「サンキューサンキュー」を連発。髭面の顔はたぶん ロックバンドZZ TOPのドラマーに似ていましたが、私たちには彼は、天使。私たちは日本人丸出しなのに、彼にハグなんてしちゃって、本当に嬉しかった。後々、私たちの教訓で、絶対に砂浜に車を長時間止めないが合言葉になりました(苦笑)。当たり前のことなんけれど、とても勉強になりました。

その晩は、疲れてしまった私たち(たぶん心が)、レストランのベニハナに行き食事をしに。

子供達は、ベニハナのシェフが、つぎつぎ繰り出す楽しい技に大喜び(^0^)。シェフがクライマックスに、玉ねぎで器用に火山をつくり、そこから火を出すと、子供達はキャーキャー大盛り上がり。その時、私は子供につくづく申し訳なかったなあと思ったのでした。

このくらいの歳の子供を連れているなら、ホテルは大きな、プール(スライダーがあるような)にところ、例えばハイアットのようなところにに泊まるべきだった。たった3泊4日とはいえ、楽しい思いをさせてあげなくてはいけなかったのでした。

子供たちはもうこの時のことは覚えていないようだけれど、今後彼らに楽しいハワイの思い出ができるといいなと思っています。

長く、いくつも記事を読んでいただきありがとうございました。これでやっと終わりです。そして、あまり楽しそうでないハワイを書いてしまって、『ハワイよ本当にごめんなさい』。