30年後のハワイ  (3) オゥ、ノー

前回からのつづき

さて、ヘロヘロ家族が、タクシーでついたのは、海辺に近いInn でした。もう随分後になって、ここは皆がよく知っている有名なホテルだと知りました。ロケーションがとても良いんです。

ホテル(イン?)のフロントの人たちは、とても明るかった(^^)。

「待ってたのよ〜。疲れちゃったわね。まあまあ、お子さんたち疲れて寝ちゃったわ」と、とても歓迎ムードでチェックイン。なんだか、ホッとしたのと嬉しかったためか、その時のフロントのお姉ちゃんの笑顔が今でもおぼろげに思い出せます。きっと彼女も今ではいい歳かしら。でも、いい人は年齢を重ねても美しいハズ、と信じてる私です。

さて、荷解きも適当に、高さのあるベッドに皆いっせいに倒れ込んだ。爆睡した翌朝はもうスッキリ。天気も青空、最高でした(いや、ハワイはいつもそうなのかも)。バルコニーで青い空を満喫していた私の後ろから、蚊のなきそうな声が聞こえてきた。子供の一人が泣きそうな声で、「お母さん、おねしょした」。えぇ!

子供は、日本で一度もしたことがない 「おねしょ」をハワイのホテルのベッドでしてしまったんでした。思わず、引きつりうろたえる母親をみて、子供は一層泣いていた。

「これは娘が動揺している。きっと疲れとなれない異国(外国は初めて)で、したこともないおねしょをしてしまったんだわ」。ホテルにお詫びをいれる事と同時に、娘の心のフォローもしておかないと。これから、異国生活はそこそこ長いから、こんなところでつまずいているわけにはいかない。。

夫と私はどうしようか相談した。同じように、動揺しているもう一人の子供をフォローし、おねしょのシーツのあたりを少しでもなんとかしようとした。あまり効果などなかったのですが。泣いているおねしょの子ををバスルームに連れて行きさっぱりしたあと、どうしてか、英語が苦手な方の私がホテルのフロントに向かった。

「英語でおねしょしたってなんて言うんだったかしら。向こうはやっぱりとても怒るだろうなあ。弁償かしら。きっと昨日の優しかったお姉ちゃんは、今日ばかりは怒るはず。ああどうしよう」

とても緊張しながら、フロントでおねしょの件を話し、あやまった。すると、フロントおばちゃん(お姉ちゃんじゃなかったです)は、「あっ、そうなの。大丈夫。ドントワリー」なんて、ウインクしちゃってくれたのでした(^0^)。

実は、私は昨日の最初のホテルがすこし気難しそうだったため、すでに外人コワイと思いかけており、ここのフロントに来た時も緊張の極みだったのでした。しかし、緊張の溶けた私は、一変して「外国なにするものゾ、ハワイサイコ〜!」なんてなったのでした。我ながら思い出してもホント単純です。

 

 

30年後のハワイ  (2) ああ、ごめんね

前回からのつづきです。

ヘロヘロ家族は、オアフから、マウイへ小さい飛行機で飛び、ようやく今夜のホテルに到着。やれやれです(^^)。これでホテルに行くだけ。タクシーにこわごわ乗って(当時はタクシー1つにも、ド緊張でした)宿泊先ホテルへ。

だが、まだここは旅のはじめの着地点でなかったのでした。私が出発前予約したホテルは、うかつにも就学前お子様はお断りのホテルでした。ああ、大失敗。ほんとごめんね、家族のみんな。

ホテルのフロントが言うには「我がホテルには、アンティークな家具が沢山あるから、小さい子どもの宿泊は出来ない」のでした。私がガイドブックで写真をみて予約した素敵ホテルでしたが、この肝心なところを完全に見落としていたのでした。

この間、子供二人はロビーのソファで爆睡中。私は、アンティークな家具があちこちにあると言われて、子供らがよだれを垂らして素敵なソファをよごすんじゃないか気が気でなく。うーん、せこい母親です。しかしそんな間にも、夫は次なるホテルを紹介してもらうよう交渉していました。夫が頼りになるとわかり、ちょっと後光がさした一瞬(当時は髪は健在だった)だったかもしれません!?

「ここから、ホテルは近いよ。じゃあね」と言われながら、私たち家族は、タクシーで紹介してもらったホテルに移動。時差ぼけと疲れからか、子供たちは揺すってもなにしても起きず、夫と私で一人ずつおんぶでした。これが重かったです。幼稚園終わった就学前の子供だったので、ずーんと重さがありました。髪振り乱したジャパニーズな家族は、重いスーツ弾きつつヨロヨロと新しいホテルに向かったのでした。

30年後のハワイ  (1) 行こうハワイ!

30年後に行ったハワイは、夫の仕事で渡米する途中に立ち寄ったために行った。何しろ30年ぶりだから、ほとんど初めてみたいなもの。

「ハワイか〜、常夏の島だから海水浴もしたいし、ビーチも堪能したいな」なんて、出発前の3ヶ月くらいはお気楽に浮かれていました。いや、本当はその時にするべきことが山のようにあったんですけどね。

実は、赴任前の日本の片付けが深夜にまでなるという、計画性ゼロな事をしてしまったので(出発前日の深夜、郵便局に船便のダンボールをいくつも運んでいた ってどれだけギリギリ?)、案の定成田発オアフ行きの機上では、夫と私はヘロヘロ。お見送りの方々に失礼のないよう、なんとかがんばりました(;0;)。

おまけに子供達は就学前だったため、長いフライトに飽き、フライト半ばから、まだなの?と訴えるのをなだめるのに一苦労。ハワイは近いかといえば、8時間はかかりますね。親も子も大変です。座ったままではなかなか寝られない。皆、寝不足なのに寝られないという、ハワイに行くワクワク感ゼロなフライトでした。

ハワイに降り立った時、家族皆グロッキー、ちょっと気持ち悪い感じになっていました。ハワイといえば、まずは、モワンとした南の島特有の湿気のある空気感。ああ、南の島の空港ってこうなんだなぁと改めてリゾートに来た事を感じ、幸せな気分に。みんなが心なしか浮かれているのがわかります。すでに、税関あたりからアロハシャツを着ていた人もいたかもしれません。

そんな中、心身ともに余裕のなかった私は、ホテルに行ってベッドに寝ることをばかり考えていました。本当に今思っても自業自得。引っ越しを出発前夜よっぴいて行い、そのまま成田空港だったから、あまり寝ていなかった。30すぎのおばさんには、2日の徹夜は堪えていました。

さあ、ホテルに行こう。税関も通ったし。ところが、そうは問屋はおろさなかった。凝り性の夫は、行き先を隣の島のマウイにしていた。どうして〜?(当時ハワイ通の知りあいに薦められたのだそうです。確かにマウイ島は素敵なところです。私も今は思います)そこから言葉もなく、ヘロヘロ家族はマウイ行きの小さい飛行機にのり、マウイに向かったのでした。びゅ〜ん。

遠い昔の記憶 〜ハワイ〜

旅行好きな両親に連れられて、私たち家族はあちこち出かけていた。私の両親は、共に旅行好きだ。父は山とマニアックなテーマの旅行、母は王道な旅行が好きで、子供もついて行ったので、ありがたかったと思っている。日々節約に励んででも、旅行には行くという親だったが、それはそのまま私に遺伝している(^^;)。旅は私にとって、何をおいてもワクワクすること。そして、旅の楽しみは、計画段階、家での準備から始まっている。それらを家族や友人とシェアするのは(もちろんしなくても充分楽しいのですが)、得難い経験だなあと思う。旅行の楽しみを教えてくれた両親には、とても感謝している。

私の一番古い旅の記憶は、幼いころに連れられて行ったハワイ。もちろん、もっと古い国内旅行の記憶があるはずだと思う。だって、うちの親は国内旅行も好きで、若い頃から山やら島やら行っていた。でものちに親に繰り返しハワイの話ばかりされてきたり、写真を見せられたりしていたので、ハワイ以前の記憶が一番古い。

幼かった私は、頑張って渡航した両親には申し訳ないけれど、現地での記憶が本当に少ない。写真を見せられ「ここに行ったよ、ここの火山にも行った」と聞かされて、「うーん、行ったかも?」なんて思う程度で終わっている。ごめんね、両親。

自分の中で、ぼんやりとある記憶は、南の海に入り貝殻で足指を切って泣いていた事、ツアーバスで隣に座ったいくつか年上の優しいお姉ちゃんとあやとりしていた事くらいかなと思う。

実のところ、私は今も昔もぼんやりしていて。ただ、友人の話を聞いても、ものごころつかない幼児には、旅行の記憶があまりないと言っていた。もちろん人によると思いますが、一般的にはそうかもしれない(ある先生によると、子供の年齢で八つ九つまでは、記憶がわりと曖昧なものだとか。その後、十歳以降は記憶も確実に残るんだそうです)。

その30年後大人にすっかりなっていた私は、再びハワイに上陸した(^^)/。でも、二度目のハワイは、バブル時代テレビや雑誌で見た素敵ハワイではなく、地味でじたばたしたハワイでした。